七夕には、朝の里芋の葉の露を使って墨をすり、短冊に願い事を書く習慣があります。
その背景や意味について、里芋の露や七夕の伝説、書道の関連性などを探求しましょう。
七夕の短冊のお願い事には朝早く芋の葉に溜まる朝露で墨をすりその墨を使って習字で短冊に願いを書くという習慣があったそうです。
七夕の神秘的な世界や七夕の短冊に書くお願いの成就について、魅力的な情報を紹介します。一緒に七夕の短冊の奥深さに迫りましょう。
七夕に習字で願い事を短冊に書くようになった由来
七夕に願い事を短冊に書く習慣が始まったのは、日本の奈良時代に遡ります。
当時、中国からの文化的な影響が強く、星に五色の糸を供える習慣がありました。
その後、室町時代になると、書道の上達を願う人々が、硯や墨、短冊に和歌などを書いて保存するようになりました。
さらに江戸時代に入ると、七夕の由来に因んで、現在のような色紙の形状に変わり、一般の人々が願い事を書いて吊るす風習が広まりました。
また、この風習のルーツとして、神道で使用される懸玉串(かけたまくし)が関わっているとも言われています。
元々は儀式の参列者が榊の枝に祈りを込めて紙垂(しで)を取りつけ、全員が身につける儀式が行われていました。
紙垂についてはこちらで説明しています。
この紙垂が次第に短冊に変化し、文字を書く習慣が生まれ、また榊は竹に変わっていったとされています。
さらに、本来は参列者がいる神事として行われていた「掛玉串」では、笹や竹を立てる様子が見られます。
この神事が変化し、七夕の習慣となった可能性も考えられています。
以上が、七夕に習字で願い事を短冊に書く習慣の起源についての解説です。
七夕の由来と意味はこちらで説明しています。
七夕における習字の習慣や由来
七夕は、日本や中国などのアジアの一部の国で祝われる伝統的なお祭りであり、夏の夜に天の川を渡るとされる織姫(彦星)と彦星の伝説に由来しています。
習字は、美しい字を書くための練習や技術を指す言葉です。
七夕と習字が結びつく要因としては、以下のような背景や風習があります。
願い事の書き込みと練習の機会
七夕の短冊には願い事を書く習慣があります。
この短冊に願い事を書くことは、願いが成就すると信じられています。
そのため、短冊に願い事を綺麗に書くために、習字の練習が行われることがあります。
書道の上達を願う意味合い
七夕における習字は、書道の上達や字の美しさを願うという意味合いもあります。
七夕の短冊に習字を取り入れることで、字を上達させたり、美しい字を書くことを願う人々が多くいます。
文化的な継承と教育の一環
七夕の習字は、伝統的な文化や価値観を継承する一環としても重要視されています。
子供たちに習字を通じて文字や言葉の美しさや大切さを教える機会としても捉えられています。
七夕における習字の習慣や風習は地域や家庭によって異なる場合があります。
一部の地域では、短冊に習字の練習や書道の作品を掲示するイベントやコンテストが開催されることもあります。
七夕の習字の習慣や風習は、文字や言葉に対する敬意や美意識を育む機会として、また願い事の具現化を願う習慣として、多くの人々に愛されています。
七夕に里芋の露で墨をすり習字を書く理由は?
七夕になぜ里芋の露で墨をすり習字を書くのでしょうか?
実は、昔から七夕の短冊に墨を使うために朝露を利用する習慣がありました。
子供の頃、七夕の日は早朝から起きて、芋の露と呼ばれる芋の葉にたまった朝露を集める人もいました。
この朝露で墨をすり、習字の筆で短冊に願い事を書くのが当たり前だったのです。
では、なぜ芋の葉の露を使うのでしょうか?
いくつかの説があります。
神様の水、天水の雫説
里芋などの葉にたまる露は、月からこぼれ落ちた神様の水、天水の雫だと考えられていました。
その水を神様から分けてもらった天水と呼ばれるものなのです。
里芋の露が神様の水と呼ばれた理由
里芋の葉にたまる露が「神様の水」と呼ばれた理由は、信仰や神話に由来します。
古代の人々は自然現象や自然の中に神聖な存在を感じており、露が神様からの恩恵や祝福の象徴であると考えていました。
この天水は神様からの贈り物であり、人々に与えられた特別な水と信じられていました。
人々はその神聖な露を使って墨をすり、字を書くことで、神様からの恵みや加護を受け、習字や願い事が叶うと信じていたのです。
このような信仰心や畏敬の念から、里芋の露は「神様の水」と呼ばれるようになったのです。
神様の水としての里芋の露は、七夕の短冊においても特別な意味を持っており、文字に生命や神秘性を宿らせると考えられていました。
そのため、七夕の短冊には神聖な存在や神様への感謝や願いが込められるのです。
習字の効果説
この天水で墨をすり、字を書くと、習字や字が上手になったり、作文がうまく書けると言われています。
天水には特別な力が宿っていると信じられていたのです。
謙虚さと優しさの象徴説
朝露は早朝でないと消えてしまいます。
その一瞬の朝露を大切にし、丁寧に墨をすれば、自然と謙虚な気持ちになり、書いた文字にも優しさが宿ると言われています。
また、地方によっては、里芋の露を集めて、それをお供えする風習もあるそうです。
七夕の短冊にはさまざまな意味と象徴が込められており、里芋の露を使うことで特別な意味合いが生まれていたのです。
以上が、七夕に里芋の露で墨をすり習字を書く理由についての詳しい説明です。
里芋の葉の露を使った墨が願いが成就する理由
里芋の露
里芋の露とは、里芋の葉にたまる露のことを指します。
これは、葉が夜間に蒸散した水蒸気が冷えて凝結し、葉の表面に水滴として現れる自然現象です。特に朝の早い時間帯に見られることが多いです。
里芋の露は、古代から特別な意味や神聖性が付与されてきました。
古代の人々は自然現象を神秘的な存在と結びつけ、露が神様からの恩恵や祝福の象徴であると考えていました。
そのため、里芋の露は「神様の水」とも呼ばれるようになりました。
芋の葉の露が七夕の願い事が叶う理由
七夕には、朝芋の葉の露を使って墨をすり、短冊に願い事を書く習慣があります。
では、なぜ朝露で墨をすると願いが成就するのでしょうか?その理由にはいくつかの説があります。
一つ目の説
江戸時代に広まった七夕の習慣に関連しています。
七夕に墨をすり、短冊に願い事を書く行為は、一夜にして百人の子を授かりたいという願いを持つ人々にとって特別な意味を持っていました。
この習慣は子育てや子宝に恵まれることを願う人々にとって重要な行事であり、その象徴として里芋の露が使われるようになりました。
この時代、子育てや子を授かりたいと願う人々が、芋の葉の露を使った墨に願い事を書いて短冊に記していました。
なぜなら、芋はたくさんの子どもができることから、子孫繁栄を願う象徴とされていたのです。
二つ目の説
七夕の由来に関連しています。日本では、七夕の月である七月は「文月(ふみづき)」とも呼ばれています。
この呼び名は、短冊や詩歌を書き、書道の上達を願ったことが由来とされています。
七夕はもともと、裁縫や書道の上達を願う行事でしたが、現代では健康や恋愛など、個々の願い事が叶うようにもなりました。
七夕の短冊に願い事を書く際には、自分の名前も一緒に書くことが一般的です。
これは、自分自身をしっかりと表現し、願い事の実現を願うための大切なステップなのです。
こうして、七夕の習慣と朝露で墨をする意味が結びついています。
朝露は一時的な存在であり、早朝になくなってしまいます。
そのはかない水分を大切に使い、墨をすり、丁寧に短冊に願い事を書くことで、自然への感謝と謙虚な気持ちを表現し、願いの成就を願っていたのです。
以上が、七夕の朝露で墨をする理由と、短冊に願い事を書く意味についての説明です。
七夕といえば織姫と彦星ストーリーです。こちらで解説しているので良ければ読んでみてください。
まとめ
七夕には朝の露を使って墨をすり、短冊に願い事を書く習慣があります。
里芋の露は子孫繁栄の象徴として使われ、神秘的な水とされてきました。
朝露ははかない存在であり、その大切な水分を使って墨をすり、謙虚な気持ちを込めた短冊に願い事を書くことで、願いの成就を願っていました。
七夕の起源や書道の関連性も探求しました。七夕の短冊は、自分の名前と共に願い事を書くことが一般的です。
七夕の短冊の奥深さと意味を知ることで、七夕の神秘的な世界に一層魅了されることでしょう。
コメント
初めまして。
現在大学4年生なのですが、硯洗いの風習に関する卒業研究を行おうと考えています。ただ、硯洗いに関する資料がなかなか集まらず、ネットで探していたところこちらの記事を見つけました。こちらの記事を書くにあたって何か参考にされた本や情報等ありますでしょうか?差し支えなければで大丈夫なので、教えていただくことは可能でしょうか。。。
いきなりのコメント大変失礼いたします。
まほさま
コメントありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。
「硯洗いの風習」の検索中に当サイトに訪問してくださりありがとうございます。
コメントをいただき、私も改めて調べてみましたが・・・
“手習(習字や詩歌の学習)の上達を祈って、硯を洗うなど机の周りを綺麗にする七夕前夜の行事。”
が硯洗いの本意ということですので、
参考になるか分かりませんが、もしかすると
https://nara-edu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=10006&file_id=17&file_no=1
こちらなどが参考になるかもしれません。
私の方でお役に立てることが出来ず申し訳ありません。
卒業研究が無事成就されることを願っております。
まほさま、このたびは当サイトを訪問してくださり、コメントまでいただき感謝申し上げます。
ありがとうございました。^^