七夕の願い事は短冊に朝露ですった墨を使うと成就する?!

朝露

七夕に欠かせないものとなった七夕飾りと短冊ですが、織姫と彦星の伝説と七夕の願い事を書く短冊は結びつかない・・・。

七夕に願い事を短冊に書くようになったのはどうして?

その短冊に書く願い事を書く墨のために子供の頃、朝早く芋の葉の朝露をとりにいってたのはなぜ?

そんな疑問を解消すべく、私の見解を含めて解説します。

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七夕の願い事を短冊に書くようになったのはいつから?

日本には奈良時代、中国からの影響が強く五色の糸を星に供える習慣がありました。

その後、室町時代にには、書道の上達を願い硯や墨、短冊に書いた和歌などをおさめるようになりました。

江戸時代には、七夕の由来にもありますように(七夕の由来と意味)現在の色紙に形を変えて広く一般に願い事を書いてつるすようになりました。

他にも、神道で使用する懸玉串(かけたまくし)がルーツだともいわれています。

儀式の参列者が榊などの枝に祈りを込めて紙垂(しで)を取りつけていき、参列者全員が装着すると、宮司が榊を神前に奉納するといった儀式です。

これがやがて、紙垂が短冊に変化し、文字を書くようになり、榊が竹に変わったりしてきたといわれています。

また、本来の神事は参列者がいる儀式として掛玉串として笹や竹を立てます。

七五三や、神式の葬儀、地鎮祭や上棟祭などが見られますよね、それが変化し七夕となったのではないかともいわれているのです。

七夕の短冊に朝露の墨で書く理由は?

小さいころ、七夕の日は朝早く起きて、芋の葉っぱにたまっている朝露をとりにいきましたよね?

この朝露で墨をすって、筆でお願いごとを短冊に書いていたのが当たり前でした。

しかし、実際なんで芋の葉の朝露だったのか?ですよね。

それは、諸説ありますが、里芋などの芋の葉にたまる露は、月からこぼれ落ちた神様の水、天水の雫で、その神様からおすそ分けしてもらった天水といわれていました。

その水で墨をすって字を書くと、字が上手くなったり作文が上手になるのだといわれています。

さらに朝露は、早朝でないとなくなってしまいます。

その朝露のはかない水分をやさしく、たおやかに墨をすることで自然と謙虚な気持ちになり書く文字にも優しさが宿るといわれたのかもしれませんね。

また、地方によっては、里芋の露を集めて、それをお供えする風習もあるそうですよ。


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七夕に朝露ですった墨を使って書くと願いが成就する

また、織り姫と彦星の伝説とは別に

江戸時代には、七夕の願いごとのひとつとして一夜にして百人の子を授かりたい、子育て、または子を授かりたいと祈る者が、芋の葉の露を墨にとき願い事を短冊に記して願えば、願い事が叶うといわれていたそうです。

なぜなら、芋は子が沢山できることから子宝に恵まれるよう願った意味から子孫繁栄も込められているそうです。

日本では、七夕月の七月は和風月名で「文月(ふみづき)」といい、その呼び名は、短冊や詩歌を書き、書道の上達を願ったことが由来となっています。

もともと裁縫や書道の上達を願う七夕の由来も、時代の移り変わりとともに現在では、願いのままに健康や恋愛などの内容でもいいとされています。

その際、願い事と同時に、自分の名前も書くのが一般的となっています。

まとめ

現在のように、水道のない時代ですから朝露も大切に使うというならわしだったのだと思います。

便利な世の中になりましたが、謙虚でやさしい気持ちで願うことが願いを叶える第一歩なのかも知れませんね。

七夕のこの短冊の朝露で墨をする理由を知り古来のさまざまな神秘さと、願い事をするときの控えめな気持ちをもってこどもたちにも伝えていきたいですね。

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