世界中で使用されている6点点字と呼ばれるものは、身近な場所や日常の中にあふれています。
私たちはエレベーターの階数ボタンや自動券売機、銀行のATM、市役所や病院の案内図など、さまざまな物に点字が使われていることを目にしたことがあるでしょう。
これらの点字は、視覚障がいのある方でも指先で触れることで、情報を読み取ることができる特別な文字です。
現在、世界中で使用されているのは6点点字と呼ばれるものです。
これはルイブライユが考案したものであり、その点字がどうやって作られたのか、点字が作られた理由、きっかけや歴史についてご紹介します。
ルイブライユが点字を作った理由
ルイブライユ(1809~1852)は、フランスのクヴレ村で馬具職人の子として生まれました。
ルイブライユは3歳のときに自宅工房での事故で左目を失明し、5歳のときには交感性眼炎により右目も失明してしまいました。
しかし、家族のサポートと彼自身の努力により、彼は知識や生活のスキルを身につけることができました。
彼は一般の生徒と同じ教育を受け、優れた成績を収めました。
1819年、ルイブライユは10歳のときにさらに進んだ教育を受けるため王立盲学校に奨学生として入学しました。
その頃、フランスの軍人シャルル・バルビエが考案した暗号文字(ソノグラフイ)に出会いました。この暗号は、点の配置でアルファベットを表しており、指で触れることで文字を読むことができました。
点字はどうやって作られたのか
ソノグラフイは主に軍事目的で生まれました。
シャルル・バルビエが考案した暗号文字ソノグラフイ
当時、シャルル・バルビエはフランスの軍人であり、夜間や暗闇での通信や情報伝達を容易にするためにこの暗号文字を開発しました。
兵士たちは指で触れることで文字を読み取り、暗闇でもコミュニケーションを円滑に行うことができました。軍事作戦や機密情報の伝達において、横2×縦6の12点ドットで36個の文字をコード化し版に浮き立たせ、指で触れることで文字を読み、暗闇でも音をだすことなくコミュニケーションが取れる視覚に頼らない暗号文字は重要な役割を果たしました。
その暗号文字ソノグラフイは1821年には、王立盲学校で採用されました。
しかし、ルイブライユはこの暗号文字に問題があると感じました。
文字ごとに12の点を指で判読するのが難しかったり、点の数が多くて読み書きが困難だったり、さらに句読点やアクセント、数字や記号を表現できないという問題がありました。
そこで、ルイブライユは12点文字を基に改良した6点式の点字を考案しました。
おそらく、12点文字が使いづらかったため、彼はより使いやすい点字を作ることを思いついたのでしょう。
この新しい点字は、視覚障害者が指で触れることで文字を読み書きできるようになり、彼らの生活を豊かにする手助けとなりました。
点字は誰が作ったのか
点字が作られた理由とに、点字はどうやって作られたのかにはルイブライユの存在が欠かせません。
前章で触れたシャルル・バルビエが考案したソノグラフイの暗号文字は後に改良の余地があることがわかりました。
ルイブライユが点字を開発するきっかけとなったのも、ソノグラフイの欠点に気付いたからです。
点の数が多く、文字ごとに12の点を指で読み取るのは難しいという問題がありました。
そのため、ルイブライユはより使いやすい6点式の点字を考案することになったのです。
点字はなぜ作られたか
点字を作るきっかけとなったのは、12点文字にいくつかの問題があったからです。
アルファベット1文字を表すのに12マスの点の配置
まず、12点文字では1文字を表すのにたくさんの点が必要で、指で触れて読むのが難しいという問題がありました。
点の数が多く組み合わせが複雑
点の数が多くて組み合わせも複雑で、読み書きが困難になってしまうのです。
12点文字は音を表すだけ
また、12点文字は音を表すだけで、句読点やアクセント、数字、記号などを表現することができないという制約もありました。
これでは文章の意味が正確に伝わらず、情報の欠落が生じてしまいます。
点字はどうやってできたのか
そこで、ルイブライユは自身が視覚障がい者であることを踏まえ、これらの問題点を解決するために新しい点字システムを開発しようと考えました。
彼はよりシンプルで使いやすい点字を作り出すことを目指し、視覚障がい者が自由に読み書きできる環境を作り出すことを目指しました。
その結果、彼が考案した6点式の点字は、点の数を減らすことで読みやすさを向上させ、さまざまな情報を表現できるようになりました。
この点字は後に世界中で広まり、視覚障がい者のコミュニケーション手段として不可欠な存在となりました。
ルイブライユの貢献によって、視覚障がい者が情報を自由に得られるようになったのです。
ルイブライユから点字の歴史は世界へ
ルイ・ブライユは1829年に、特別な文字でアルファベットやアクセント、句読点、数字などを表現する「点字」を発表しました。
この点字は、横2点縦3点の6点の組み合わせで文字を表現します。
それによって、視覚障がい者の人たちが読み書きをすることがとても簡単になりました。
しかし、フランスでは、当時、点字の使用に関して視覚障がい者と健常者を区別するといった様々な意見が存在していました。
一部の人々は、点字を視覚障がい者専用のものと考え、健常者には使われるべきではないと主張していました。
このような議論の結果、点字が公式に採用されるまでには長い時間がかかりました。
点字が一般的に受け入れられ、視覚障がい者の教育やコミュニケーションの手段として認められるまでには、様々な認識の変化と社会的な変革が必要でした。
実際に、フランスで点字が公式に認められたのは1854年のことでした。
この時、フランス政府が点字を視覚障がい者のための教育の一環として正式に採用し、点字の普及に取り組むことを決定しました。
これによって、点字はフランスで法的に認められ、点字を使用する視覚障がい者たちはより広範な教育と情報へのアクセスを得ることができるようになりました。
フランスでの点字の公式認定は、点字の歴史において重要な節目となりました。
この出来事を通じて、点字が視覚障がい者のための有力なコミュニケーション手段としての地位を確立し、世界中での点字の普及にも大きな影響を与えることとなりました。
点字の歴史とルイブライユ
6点点字は、視覚障がい者の読み書きにおいて最も効果的な方法として広く認められ、世界中に広まっていきました。
この画期的なシステムは、フランスのルイ・ブライユによって発明され、1829年に初めて発表されました。
6点点字は、アルファベット、アクセント、句読点、数字などを表す63の組み合わせを、横2点縦3点の6点で表現するものです。
指先で点字を触れることで、視覚障がい者は文字や情報を認識することができます。
この方法は、視覚障がい者の読み書きを大幅に改善するという効果を持っており、その有用性から世界中で広まりました。
日本でも、ブライユの6点点字が伝わり、石川倉次さんが日本語に適応させることに成功しました。
日本人の石川倉次が日本語の点字を作るまでのエピソードはこちらです。
現在、日本でも点字は多くの場所で使われています。
点字図書や点字ブロックなど、視覚障がい者のための情報提供や教育の手段として広く利用されています。
点字は、視覚障がい者の人々が日常生活や学習において情報を得るために欠かせない重要なツールとなっています。
点字の普及と利用の促進は、視覚障がい者の社会参加や自立を支援するために不可欠な取り組みです。
まとめ
ルイ・ブライユは、19世紀初頭にフランスで生まれた視覚障がい者でした。
彼は自身の困難を乗り越え、知識とスキルを身につけました。
1829年、彼はアルファベット、アクセント、句読点、数字などを表すために6点点字を発表しました。
この点字は視覚障がい者の読み書きにとって画期的な方法となりました。
ルイ・ブライユの6点点字は、その効果と利便性から世界中に広まり、日本でも石川倉次さんが日本語に適応させることに成功し、点字は広く普及しました。
現在、点字は日本の様々な場所で使用されており、視覚障がい者の情報アクセスと自立を支援しています。
点字は、触れることで文字や情報を理解できる手段であり、視覚障がい者にとって非常に重要です。
点字の普及と利用の促進は、社会的な包括と平等な機会を提供するために欠かせません。
ルイ・ブライユの貢献は、視覚障がい者の生活を変えた素晴らしい成果として称賛されています。
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