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喪中と忌中の期間と意味や過ごし方について

      2016/10/20

喪中や忌中
人が亡くなると「忌中」や「喪中」「弔中」となりますが、その
一般的な意味や期間、過ごし方などを紹介します。

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喪中と忌中の期間の違い

喪中(もちゅう)期間と、忌中(きちゅう)期間というのは違いがありますが、服喪(ふくも)と忌服(きぶく)の意味に違いはありません。

近親者である親族や身内が亡くなられた時、一定の期間(忌服期間)死を悼み(いたみ)、身を慎むことが「服喪(ふくも)」や「忌服(きぶく)」となります。

そこで、疑問となるのが忌中と喪中の期間の違いですよね。

撤廃された制度ではありますが、最近でも目安にされているのが、こちらの明治7年に出された太政官布告では忌日数と服喪日数がこのように定められていました。

続柄・忌中期間/喪中期間

父母:忌中50日間/喪中13カ月
養父母:忌中30日間/喪中150日
継母・継父:忌中10日間/喪中30日間
夫:忌中30日間/喪中13カ月
妻:忌中20日間/喪中90日間
子(家督相続する嫡子):忌中20日間/喪中90日間
夫の父母:忌中30日間/喪中150日間
祖父母:忌中30日間/喪中150日間
母方の祖父母:忌中20日間/喪中90日間

現在では廃止されているのですが、これを見る限り、昔の男性中心社会からなったものと見てとれます。

すでに廃止された制度ではありますが、現在の男女平等社会とは少し離れた昔の家督制度が顕著になっていますよね。

江戸時代からの武家の忌服制に基づき、明治に政府から規定された「服忌令(ぶっきれい)」により、忌中と喪中の期間がこのように詳細に定められていたのです。

今でも、公家式の名残のある地方や、その土地の風習、神社により変わってきますのであくまでも目安となりますが、現代の一般的な「忌」の期間をまとめると次の通り、最も長くても「忌中」となるのは50日です。

忌中
1:父母・夫・妻・子【50日
2:祖父母・孫・兄弟姉妹【30日
3:曾祖父母・曾孫・甥・姪・叔父叔母【10日
4:その他の親族【3日
5:特に親しい友人【2日

※配偶者の親族は上記を一つ繰り下げた項目の日数。
※4と5については特に喪に服しません。

「喪」の期間である「喪中」となる喪に服す日数は、故人との関係で変わってきますが、一般的な喪中期間の目安はこの通りです。

喪中
1:父母・夫・妻・子【1年
2:祖父母・孫・兄弟姉妹【100日
3:曾祖父母・曾孫・甥・姪・叔父叔母【50日
4・5:特に定めなし

喪中も、太政官布告の制度の実質的な意味を失い、形式だけが残ってしまい、画一的に喪中は一年などとなってきたのかもしれません。

忌中や喪中の意味は?

親族や身内が亡くなったときに一定期間喪に服すことを定められていたことがはじまりで、その期間を「忌服」とし、古くは門戸を閉じて酒肉を断ち、弔することも賀することもしなかったそうです。

「忌」とは、遺族が故人のお祀りに専念する期間をいい、死を畏れ(おそれ)忌み(いみ)はばかるという意味で、御霊和め(みたまなごめ)のための避けられない神事のことです。

その「忌中」にあたる期間は、最長50日、死の穢れ(けがれ)のある間は、故人の冥福を祈り、その死を悼み(いたみ)、世間に対しての諸事、派手なこと大きな事柄、祝い事などを避け身を慎みます。

ここで「穢れ(けがれ)」について補足しておきますと、穢れは読みが汚れと同じ(ケガレ)ですが決して汚れているケガレとは違い、日常生活を営むエネルギーの枯渇状態「ケガレ(気・枯れ)」であることといわれています。

特に「死」は、重大な穢れで、死に至ることで神様からいただいた瑞々しい肉体が崩れ「気(生気)が枯れた」状態となることから、生きる力もなくなり、恐れ悲しむことがいわゆる「穢れ(ケガレ)」た結果になるとされています。

ケガレ(穢れ)というのは、精神も肉体も気枯れることで不浄となるということなのです。決して亡くなった方が汚れているわけではないのです。

「喪」とは、「忌」のなか(最長50日)にあり、遺族への悲しみから着飾る気持ちにもならず、質素な衣服をという喪服を着用し、主に精神的に故人を偲ぶ期間とされていたことから、喪に服すといわれています。

その期間を「喪中(もちゅう)」とし、それを終えると忌明けとなります。喪中の中の忌中は、穢れ(ケガレ:気枯れ)るため外部との接触を遺族が断つという意味ですね。

現在でも職場や学校を「忌引き」として休むことが認められる期間となりこれにあたります。(職場や学校で期間も変わってきます)

忌中の50日というのは、臨終から忌明け法要までの日数を、数えの初日を1日とした日数とし仏事の四十九日で、現代でも満の数え方は忌明け「49日」となります。

忌明け後にも、悲しみの気持ちを乗り越える期間を喪中期間といい、大切な人を亡くして悲しみを表す喪服を着て、家にこもって過ごす期間といわれています。

忌中の忌とは、神社参拝を控え家庭でのまつりを遠慮し、自宅で謹慎する期間とふれましたが、忌中と喪中の期間をきっちり分けられたのは、昔は喪を理由に働かない人がいて困ったという理由もあったそうです。

先の太政官布告は現在では(昭和22年に)撤廃されておりますが、父母の死亡に際して七七忌(四十九日)までが忌中、一周忌(一年間)が喪中とされることなど仏事の慣例としてひとつの目安にされることが多いのです。


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忌中と喪中の過ごし方について

忌中にあっては、日本の神道では、罪や穢れの不浄に神様が触れるとチカラをなくすと考えられており、その穢れを忌み嫌うため、遺族は忌中の期間、神社などの参拝を控えます。

家庭に祀ってある神棚にも、神棚に家族が亡くなったことを報告し、扉を閉め祠の正面に白い紙(半紙や懐紙など)を貼って覆い、忌明けまでは、御供やお参りを遠慮します。

住んでいる氏神様にも、身内以外の者に頼み報告をします。白い紙は忌明け後には取り払い、今まで通り日常のお祀りをします。

他にも、派手な慶事は控え、忌中が年始にかかれば年賀状などの賀するものは避け、喪中はがきなどで賀状欠礼をお詫びします。

とはいえ、急なことであれば、結婚式や披露宴など慶事の直前にご不幸があった場合など、それを取りやめることで他人にも迷惑がかかるようなことがあれば、そのまま執り行うことも少なくないです。

神葬祭や仏式葬に関わらず、神社に相談して忌明けのお祓いを受けるということも可能だそうですので最寄りの神社に相談してみてください。

神社では、穢れに関しては年に2回、罪や穢れ(厄災など)を清め・祓い(はらい)・贖い(あがない)の儀式として大祓祭などがなされます。

そもそも服忌の制度はその昔、武家式と公家式という二通りあり、公家よりも武家の方が喪が短かったため明治の文明開化の事業発展に公家式の服忌を採用すると支障がでるため明治政府は武家式の服忌令を採用されたといわれています。

しかし、喪中期間は、忌中期間が終わり、引き続き故人への悲しみに暮れるだけでなく、死別の悲しみから、その気持ちを乗り越えて一日も早く通常の生活に立ち返れるよう努める期間でもあります。

ですので、喪中期間は神社の参拝も神棚のお祀りも問題ありません。派手なことや賑やかなことをしないということです。

あくまでも、喪中期間は自分のなかで気持ちの切り替えが出来ていれば大丈夫なのです。自分が日常を取り戻し強い悲しみから少しずつでも日常的な賑やかなことに目を向けられればそれはそれでいいということなのです。

併せて読みたい
>>喪中はがきを出す親族の範囲とその時期は?
>>喪中はがきを書く場合の表書きの続柄はどう書く?
>>喪中はがきを連名で書く場合の文例は?

まとめ

忌中と喪中、分かっているようで分からなくなることがありますよね。

また、急に家族に不幸が訪れたとき自分は喪中なのかどうかも分からない場合がありますので参考になればと思いますが、地域やその家の風習などで変わってきますので、ご家族や親族に確認してみてくださいね。

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